堤の水

大昔(おおむかし)から鵜殿(うどの)の地(ち)はよい水が乏(とぼ)しく、鵜殿(うどの)の人々の生活は堤谷(つつみだに)の湧(わ)き水と、東正寺(とうしょうじ)前の泉(いずみ)によって支(ささ)えられていました。堤谷(つつみだに)の湧(わ)き水については次のような面白(おもしろ)い伝説(でんせつ)があります。

昔(むかし)、或(あ)る夏の日に一人の旅僧(たびそう)がやって来(き)て、ある家の門前(もんぜん)に立ち、一杯(いっぱい)の水を所望(しょもう)された。

ところがその家の主婦(しゅふ)は、大変(たいへん)愛想(あいそ)のよい親切(しんせつ)な人で、「はいはい、ちょっとお待(ま)ちください。汲(く)みおきの水は生温(なまぬる)いので、今、冷(つめ)たい水を汲(く)んで参(まい)りましょう」と言って、二三軒(にさんげん)向(む)こうの浜井戸(はまいど)から急(いそ)ぎ清水(しみず)を汲(く)んできて差(さ)し出した。

ところがどうだろう。その水は大(たい)そう冷(つめ)たくはあったが、塩辛(しおから)くて、とても飲(の)めそうにない。

そこで、旅僧(たびそう)は「まことに有難(ありがた)いことだが、これは大変(たいへん)塩(しお)っぽくて、とてもまずい水だ。こちらの人々は皆(みんな)これを使(つか)っておられるのか、お気の毒(どく)なことだ。

どれ、わたしが良(よ)い真水(まみず)の出る所(ところ)を教(おし)えてあげよう」といって、その主婦(しゅふ)を連(つ)れて今の堤谷清水(つつみだにしみず)の所(ところ)まで行って、杖(つえ)の先でコツコツと某所(ぼうしょ)をつつくと、之(これ)はどうだろう。

冷(つめ)たい冷(つめ)たい氷(こおり)のような真水(まみず)がこんこんとして湧(わ)き出た。それがたちまち村中の評判(ひょうばん)となり、その旅僧(たびそう)こそ確(たし)かに弘法大師(こうぼうだいし)さまだったにちがいないというので、その湧(わ)き水の傍(かたわ)らにお堂(どう)を建(た)て、弘法大師(こうぼうだいし)をお祀(まつ)りした。それが今の大師堂(だいしどう)だという。


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